山の恵みを楽しむ男【①】

伐採や間伐の山仕事に従事し、ログビルダー、ツリークライミングインストラクターとしての顔も持つ上田康美さん。飛騨の地で自然を相手に、木とともに生きる魅力を聞いた。

上田康美さん ツリークライミングクラブ「橙」代表

木と友だちになり自然の中で心と体を解放

ツリークライミングのロープを巧みに操る上田さん。体験会の場所は、キャンプ場や学校の校庭の木、公園など。時には体育館の梁を利用することもある

大木を囲み、真剣な表情で道具の使い方を聞く子どもたち。サドル(安全帯)にしっかりとロープを取りつけると、いよいよツリークライミングの始まりだ。ロープをしっかりとつかみ、操りながら、10m以上の高さまで登る。経験したことのない高さから見る景観、自分の力で登れたことへの達成感。子どもたちからは喜びの声が上がり、笑顔があふれる。 ツリークライミングは、専用のロープやサドル、安全保護具を利用して木に登る自然体験レクリエーションだ。 「ツリークライミングの基本には、木と友だちになるという考え方がある。木に登るときは『よろしくね』と、降りたら『ありがとう』と声をかけます。そうすると、木がパワーをくれるんです」 そう話す上田康美(こうみ)さんが、ツリークライミングと出合ったのは40代のこと。飛騨の林業を盛り上げる道を模索していたところ、友人の俳優、故・渡辺文雄さんから紹介された。

愛知県の中学生を対象に行った自然体験活動。子どもたちが登っているのはクヌギの木。最初に登り方を教えたら、子どもたちにまかせて見守る

山の仕事を生業とし、木を知る上田さんだが、初めてツリークライミングを体験したときの感動は忘れられないという。 「すごい! こんな景色があるんだ! という驚嘆ですね。どんなに高い山で仕事をしても、山の地面の高さに立っているだけ。そこに立つ木の上に登ったとき、本当に山と一体になったような、体が解放される感覚を味わいました」

ツリークライミングのライセンスを取る講習会の様子。1泊2日でみっちり学ぶ。このときは福井県の高校生が参加し、ロープの結び方を練習している。安全に登るため、道具の扱い方には時間をかける

すっかりツリークライミングに魅せられた上田さんは、ツリークライミング®ジャパンのオフィシャルインストラクターの資格を取得。今では自分で登ることは少ないが、体験会では自然の持つ力を実感することがあるという。 「フィジカルチャレンジャー(障害を持つ人)の方たちに体験してもらうこともあります。最初はガチガチですが、登り始めると緊張がほぐれ、心底楽しそうになる。自然には心を解放する力があります」 親子体験ではふだんの関係がそのまま垣間見える。子どもが登るときに黙って見守る親もいれば、うるさく声を掛ける親もいる。「親御さんには、子どもさんを信じて黙って見ていましょう、と声をかけます」と上田さん。まわりであれこれ言うと、子どもたちが自分で考えて解決する時間を奪うことになるからだ。ツリークライミングを通して、力を試す挑戦をしてほしいと考えている。

【  Others  】

枝の股を狙ってロープを引っ掛ける「巨大パチンコ」のような器具。おもりをつけて飛ばす
ツリークライミングに必要なロープの基本的な結び方。真ん中上がブレイクス・ヒッチでここを縮めながら体を上に持ち上げる。左は一気に落ちないようにサポートするセーフティー・ノット
講習会の座学。テキストを中心に、安全対策、木とのつき合い方などを学ぶ

取材・文/上田里恵